+LOVE EMOTION 〜zero・4〜 いつもの、いつもの帰り道。 僅かに赤みを帯びてきた空が、今日という一日の終わりを告げる。 河村と亜久津は同じく夕焼けの空の下を歩いていた。 何も変わらない、いつもの、いつもの帰り道。 二人はいつも同じ道を通って帰った。 すこしだけ遠回りをして、川沿いの道を。 時というものに縛られずに、気ままに歩く。 よく小さい子供などは寄り道をして帰りがちだ。 歩く道にある珍しいものに目をとめてはそれに惹かれ、 不思議な力に導かれるかのように道を外れる。 背がまだ低いため、大人には見えない何かを。 子供たちは見ることができるのであろう。 しかし二人は、そんな同級生たちとは少し違った。 初めてみるもの、目新しいもの。 それらには確かに興味を引かれる。 けれども。 学校が終わり、遊ぶ暇もなく道場へと向かう。 そうして、もう遊ぶ暇さえない夕方の時間に。 こうして様々に風景を変える川沿いの道を、 ゆったりと、時というものに縛られず歩くことをこよなく好んだ。 歩いていく間に、お互いに何をするでもない。 目的は家に帰ることなのだから。 川沿いを歩きながら、たまに石を蹴りながら歩いてみたり、 また、川を跳ねる魚を見て驚いてみたり。 そういう空間をともに過ごすということが当たり前で、日常であった。 何も話さずに、けれども気を遣うこともない。 そんな距離が亜久津と河村の距離であった。 今日も同じく川沿いの道を歩く。 川の土手から吹いてくる風は、夕暮れの冷たさを孕んでいる。 最近、雨が降っていないせいだろうか、 踏みしめるアスファルトは土の香りがした。 スニーカーで踏みしめるアスファルトを眺めていると、 不意に河村が声をかけてきた。 「亜久津?」 声のした方を振り向くと、 河村はやはりいつもと変わらぬ笑みを湛えて亜久津を見ていた。 「・・何だ?」 「亜久津は昔からテニスをしてるんだよね?」 「何だ・・突然」 問われた言葉に僅かにため息をつく。 確かに昔から、世間で言われている英才教育というものを受けてはいる。 しかし、今の自分にとってテニスは興味をひくものではなかった。 自分の勝てる子供は周りにはいない。 それ故に自分のテニスというものをすることができない。 今はテニスよりもずっと空手の方が楽しく思える。 力の限り戦うことのできないテニスよりも、 本気を出して戦うことが出来る相手がいる空手の方が、 亜久津にとって何倍も興味のあることであった。 「ただ・・珍しく亜久津がラケットなんか持ってるからさ。 なんとなく聞いてみたくなって・・」 河村は亜久津が鞄の中に入れて持っているラケットを指差した。 確かに道場にラケットを持っていくことは珍しいことであるかもしれない。 「・・面白くねぇよ、テニスなんて。 お前もやろうなんて気なんざ起こすんじゃねーぞ」 今日はこの後に、本当は夜の練習がある。 だからしょうがなく家からラケットを持ってはきたのだ。 ただ、それだけのこと。 「そうかい?」 亜久津の答えを聞いて、河村はどこか少し困ったように頭を掻いた。 これは河村が何かを言おうとする時の、癖だ。 「でも、なんだか・・」 河村の視線が亜久津に注がれる。 真っ直ぐなそれに、亜久津は僅かに息を詰める。 亜久津と視線が合うと、河村は嬉しそうに笑った。 まるで、自分のことであるかのように。 酷く嬉しそうに。 笑った。 「亜久津の顔を見てると、そうとは思えないよ」 そう、言われて。 亜久津は驚かずにはいられなかった。 河村の前ではテニスの話など全くしたことがないのに。 どうして河村はそう言いきることができるのであろうか。 内心驚く亜久津に、けれども河村は更に続けた。 「テニスもさ、亜久津のことが好きみたいだし」 今度は、亜久津も目に見えるように驚いた。 好き。 ただその言葉だけが頭の中を回る。 自分がテニスに恵まれた体つきだと言われたことは何度もあったが、 まさかテニスの方が自分を好きだと言われるとは。 思っても、みなかった。 そう信じて疑わないという、河村の穏やかな笑顔を見て、 亜久津は呆れたように声を上げて笑った。 「ばーか。勝手にそう思ってろよ」 本当は、このまま帰ってしまおうかと思っていたのだけれども。 久し振りにコーチのもとへ行くのもいいかもしれないと。 ほんの少しだけ思った。 |