+LOVE EMOTION 〜zero・7〜 「河村・・・」 亜久津が名を呼ぶと、 河村は安心したように亜久津の足元に座り込んだ。 「よかった・・。ここにいたんだ」 未だ肩で息をしている河村が、途切れがちにそう呟いた。 遠くから聞こえる川の音。 時々音を発する、公園の街灯。 そんなものしか聞こえなかった空間に、河村の息遣いが混じる。 それだけで切り離された世界が、 現実の空間に戻ったかのような錯覚を覚える。 亜久津は河村を見た。 その額には汗が流れ、 河村が自分のためにどれだけ走ってくれたのかが容易に想像できた。 「・・どうして、ここが分かった?」 そう、亜久津は問う。 河村が答えるであろう返事は、大体予想することができた。 けれども尋ねてしまったのは、 河村の口からその言葉を聞きたかったからであろうか。 亜久津の質問に、河村がゆっくりと顔を上げる。 下を向く亜久津と、覗き込むような河村の視線が合う。 すると、河村は少し厳しい表情をした。 あまり見ることのない河村の表情に、亜久津は僅かに動揺をする。 「優紀ちゃんが・・うちに来てさ」 河村は亜久津に大切なことを伝えるかのように、 一つ一つの言葉をしっかりと紡ぐ。 亜久津も、それを聞き逃そうとは思わなかった。 重く意味を含んだ言葉を、きちんと受け止めていく。 「すごく焦ったように、亜久津がうちに来てないか?って聞きに来て」 河村の言葉を聞いて、亜久津は僅かに視線を揺らした。 きっと母親は、辺りを駆けずり回ったのであろう。 亜久津が行きそうな場所を一つずつ回り、自分を探したに違いない。 そうして優紀は河村の家へと行ったのだろう。 「優紀ちゃんの話を聞いて、俺も探しますって言って・・」 気のいい河村は、店の手伝いも投げ出して、自分を探しにきてくれたのだ。 河村の父も、河村と同じく人情というものにひどく厚い人間だ。 それ故、きっと亜久津を探しにいくということに、 笑って河村の背中を強く押してくれたのだろうけれども。 それでも、幸せな河村の家庭に迷惑をかけてしまったことに少しだけ罪悪感を感じた。 「なんかさ、色々亜久津がいそうなところを探して・・」 座り込みながら静かに言葉を紡ぐ河村を見る。 風が、そよぐ。 木々が揺れ、それにつられるかのように草花が波打つ。 肌の上を風が撫で、亜久津の髪を揺らし、公園を通り過ぎていく。 亜久津はぼんやりと、風が抜ける様を眺めた。 見えるわけではないのに、風が楽しげに木々と戯れる様が感じ取れて。 亜久津は目の前で優しく諭す河村と、 その後ろに誇らしげに佇む木々をぼんやりと見つめた。 「走っているときに、ふっとここが浮かんだんだ。 いつも帰るときに亜久津はこの公園を必ず見るだろう? だからさ、なんとなく。亜久津はここにいるかな・・って」 罪悪感は、感じる。 優紀に心配をかけて。 関係ない河村の家までをも巻き込んで。 ただ。 罪悪感の他に、 河村が来てくれたことをひどく喜びを感じている自分がいる。 会いたかった、から。 ここに河村が来てくれることを望んでいた自分がいたから。 罪悪感を感じるよりもまず、河村がここにいることに、 ひどく大きな喜びを感じる。 「何でそんなトコまで見てるんだよ・・お前」 照れ隠しに、亜久津はそう呟く。 亜久津が僅かに笑ったのを見て、河村も嬉しそうに笑った。 笑う亜久津を見て、大丈夫だと判断したのだろうか。 「なんとなく・・だよ。なんとなく、亜久津はこの公園が好きなのかなって思ってた」 なんとなく。 その言葉は亜久津にも当てはまるものだ。 なんとなく。 亜久津はこの公園に来た。 この公園にいる亜久津を、なんとなく。 河村が見つけてくれるのではないかと思っていた。 お互いに、根拠などない感情を持ち合わせて。 けれどもそれはお互いに共有している感情で、裏づけなど必要ではなかった。 「・・なんとなく、か」 亜久津がぽつりとつぶやく。 すると河村はどこか照れたように頭を掻いた。 河村は、亜久津に何も聞こうとはしなかった。 優紀に大方は聞いて知ってはいるのだろうけど。 何も聞かない、そしていつもどおりに振舞う河村に、亜久津は安心感を覚えた。 いつもと変わらない、河村と自分との関係。 それが嬉しかった。 「亜久津」 「何だよ」 呼びかけてきた河村に、亜久津は気のない返事を返す。 それほど、河村の言葉に興味がない訳ではないのだけれども。 気のない返事をするのも、いつも通り。 「今日は何の日だか知ってるかい?」 河村の突然の質問に、亜久津は首を傾げた。 突然何故こんな質問をするのかは分からなかった。 亜久津はカレンダーを思い出し、そうして分からないという表情を顔に貼り付けた。 今日は別に休日でもなければ、特別な日でもない。 だから河村だけが知る特別な日であるのならば、亜久津が知るはずもない。 「・・・分かんねぇ。変なこと聞いてくるんじゃねーよ」 河村の前で『分からない』と言うことはひどく恥ずかしいことのように思えて、 亜久津は河村から視線を外す。 河村はそんな亜久津を見て、少し笑ったようであった。 「笑うな」 亜久津は剣呑な目つきで河村を睨む。 すると河村は慌てたように亜久津に言葉を返した。 「ご、ごめん。ただ、知らないなんて亜久津らしいと思ってさ」 その言葉に不満を覚えて、亜久津は河村に反論をしようと思ったのだけれども。 突然河村に腕を掴まれた。 触れる河村の手に、亜久津は反論の言葉を紡ぐことをやめた。 「教えてあげるよ。だから滑り台の上に上ろう、亜久津!」 亜久津は、肯定も否定もしなかった。 滑り台へと誘う河村の後ろを、亜久津はただついていった。 手は、繋がれたまま。 前を歩く河村の背を見ながら、亜久津は、 ひどく熱い、奇妙な感覚に襲われていた。 さっき。 抱き締められて。 そうしてすぐに河村は離れていったのだけれども。 少しだけ。 離れていくことを残念に思った自分がいて。 再び触れた河村の熱が。 ただ嬉しかった。 |