+LOVE EMOTION 〜zero・8〜 星々は、やはり。 煩いくらいに、空で輝きを放っていた。 繋いだ手は離すことなく。 亜久津は河村の背をじっと眺めながらその後ろについて行った。 いつも見ているはずの後ろ姿が。 何故か、この時ばかりはひどく大きなものに見えた。 同じくらいの背丈はいつも変わることがなく。 河村は、小さな頃からずっと同じ目線で話すことができる 自分にとって珍しい人間のうちの一人であった。 他の子供たちより体の大きかった亜久津は、 けれども河村の隣にいればそんな違和感など感じることはなかった。 いつもただ、自然に、隣にいた。 河村は公園の真ん中にたった一つ佇む遊具のところまで、亜久津を連れてきた。 子供一人が余裕で上ることができる階段の前に立つと、 河村は今まで繋いでいた手を離した。 触れていた河村の熱が離れ、肌の上を夜風が滑る。 さすがに、手を繋ぎながら梯子のような階段を上るのは危ない。 それを亜久津は分かってはいる。 だけれども。 何故だか、亜久津は肌を滑るその冷たさに、少しだけ淋しさを覚えた。 河村が亜久津に背を向けて、梯子をのぼり始める。 その背を見て、亜久津は今まで河村に触れられていた腕に僅かに視線を落とした。 ほんのりと腕に残っている熱は。 まだ少し、河村が掴んでいるような感覚を思い起こさせた。 上までのぼった河村が、亜久津を見下ろして上から手招きをする。 亜久津はそれに僅かに頷いてみせて、すぐにその梯子を上った。 手にふれるプラスチック素材はひんやりと冷たく。 けれども丸みを帯びたそれはどこか優しかった。 階段を一歩一歩のぼっていくと、その度に金属の音がした。 全てのぼりきり、辺りを見回す。 少しだけしかのぼっていないはずであるのに、 随分と変わった景色に、亜久津は僅かに驚いた。 そういえば、滑り台の上に上るなど、何年ぶりのことであろうか。 梯子を上りきったところには、河村が佇んでいた。 滑り台の上は、通常のものとは違い、 少し広い球形の小部屋のようになっていて。 四方に開いた窓からは公園が一望でき、少し離れた川も見ることができた。 立っているともう少しで天井に頭がついてしまいそうなそこは、 天井にも一つ、大きな窓が開いていた。 球形の空間の中に、子供が2,3人座れるようになっているスペースがある。 そこに河村が腰を下ろしたので、亜久津も同じように座った。 どこに座ろうかと迷いもしたのだが、それも馬鹿馬鹿しくなり、 河村の隣に座った。 砂でざらつくプラスチックで出来た、椅子ともいえない椅子は。 亜久津が触れるとじわりとその熱を移し取るかのように肌と同化する。 滑り台の中に、電燈の光は入って来ず、開いた天井からだけ、 星々の光が差し込んでいた。 「亜久津、こんな話、聞いたことないかな?」 河村が唐突に話を始めた。 これは先ほどの質問に繋がるのだろうかと、亜久津はそのまま河村の話を聞いた。 「織姫と彦星という人たちがいてさ。二人はすごく愛しあっていたんだ」 河村から突然口にされた、『愛』という言葉に亜久津の心は大きく揺れた。 愛だとか恋だとか。 突然に聞かされれば、誰しも驚く。 その上、そういう感情とはほど遠いところにいると思っていた河村から そんな言葉を聞かされたのだ。 驚かずにはいられない。 亜久津は僅かに目を瞠りながら、河村の顔を見つめた。 「けれど愛し合うが故に二人は働くことを忘れてしまったんだ。 だから、織姫のお父さんに二人は引き離されてしまった。 天の川のあっち側とこっち側に・・」 「それがどうした・・」 他の人間の恋物語を聞くためにここに来た訳じゃない。 亜久津は少し不機嫌になりながらそう呟いた。 「今日は七夕っていう日なんだ。 川の向こう側とこちら側に引き離された織姫と彦星が唯一会える日・・」 河村はそう言って上を見上げた。 見上げた空には煩いくらいに輝く星しかなく。 到底そこに織姫と彦星がいるなどとは思えなかった。 「おい、河村。空には川なんてねぇぞ」 熱心に空を見続ける河村に、亜久津は僅かにため息をつく。 「・・あるよ。そこに」 河村の指がすっと空へと伸びる。 それにつられるように、亜久津も空を見上げた。 夜であるはずなのに、明るいそこには、やはり光り輝く星々しかない。 「あそこに、星がたくさんたくさん集まっているところがあるだろ?」 河村の指がすっと空をなぞる。 そこを見ると確かに、星々が集まっている。 ただ、それを指差した河村の意図が分からず、 亜久津は答えを求めるように河村を見た。 「あれが天の川っていうんだ。星々が集まって、まるで川のようになってるだろ?」 河村が再び星々をなぞるように、指で空をきった。 亜久津が河村がなぞった空を見つめる。 すると確かに、星々が川を形作っているように見える。 「分かったかい?」 河村の問いに、亜久津は僅かに頷いた。 「あの川を越えて・・今日は織姫と彦星は会ってるんだよ」 人の恋愛のことであるのに。 どこか嬉しそうに、河村はそれを語った。 そうやって、語られる織姫と彦星とやらを少しだけ羨ましく思いながら、 亜久津は空を見上げた。 一年に一回。 たったひとときの逢瀬は。 叶って、いるのだろうか。 |