毎年この時期になると、瞳に映る淡い桃色が嫌になる。 人々からとても好かれているもの。 咲くことを心から望まれているもの。 そんな桜の花を見ると、気分は酷く沈んでいく。 桜の花が嫌いだとか、そういう問題ではない。 ただ、桜を見ると考え込んでしまうのだ。 自分は本当に、望まれて産まれてきた命なのかと。 桜の開花は春の訪れの印。 そうして、亜久津が一つ年を取る季節がやってきたということだ。 +桜舞、銀の空 公園の、芝生にごろりと寝転がる。 まだ少し肌寒さを残してはいるが、太陽の日差しは暖かく、風も穏やかだった。 そんな、春の日。 春休み真っ最中のそんな日に、亜久津は近くの公園にいた。 そこは昔から馴染みにしている公園で、通い慣れているところであった。 緑の芝生に背を預け、柔らかい草の感触を楽しむ。 見上げた先には青い空と、そして見るものを楽しませる桜の花が咲き誇っていた。 昨日満開宣言が出されたそれは、見事としか言い様のない姿だった。 亜久津は青い空に映える桜の花びらを、じっと眺めた。 自分が生まれた日も、今日のように、桜が満開に咲き誇る春の日だったという。 もちろん生まれたばかりの自分がそんなことを覚えているはずもないのだけれども、 そう優紀から聞いていた。 小さい頃にそう聞いていたからだろうか、同時期に咲く桜がまるで好敵手のように思ってしまうのだ。 自分と対照的なものとして。 人に愛されているものを見ると、自分が何故生まれてきたのかを問いたくなる。 様々な人から望まれ、愛され、そうしてその愛を返すことのできるそれと、 人を傷つけることしかできない自分と。 同時期に生まれたにしてはやけに似てないそれと、自分の姿をいつも比べてしまうのだ。 生まれてきたものには、全て生きる権利がある。意味がある。 必要のないものなど、生きている意味のないものなのど何もないのだ、と。 奇麗事とも思える台詞を何度も耳にした。 けれど、愛されず、愛されることを知らず、凶暴な熱しか返すことができない自分の。 生存理由は本当にあるのか。 だから、この時期は嫌いだ。 桜も嫌いだ。 考えなくてもいいことを考えてしまうから。 ぼんやりと空を眺めていると、さぁぁと風が吹く。 淡い桃色の花びらがふわりふわりと空を舞う。 それはまるで季節違いの雪のようでもあった。 「亜久津」 不意に、青空と桜しかなかった視界に、入り込んできた影。 「こんなところで何してるの?」 それは、見知った人物の姿であった。 「・・河村」 上から覗き込んでくる彼の名を呼べば、彼は嬉しそうに笑う。 その背後を、桜の花びらが舞い落ちる。 「何もしてねぇよ」 「そっか」 亜久津のそっけない返事に頷くと、河村は亜久津の隣に腰を下ろした。 突然の行為に、けれど亜久津は何も言わなかった。 ただ、じっと。 桜の花びらが空を落ちる瞬間を眺めていた。 「綺麗だね」 そう素直に言うことができる河村が羨ましい。 自分も、素直に心のままに言葉を紡ぐことができたらどんなに幸せなことだろう。 河村の言葉には返事をせず、黙ったままで河村の表情を窺う。 隣に座る河村は、顔に僅かに笑みを浮かべながら桜を眺めていた。 その視線に少しだけ嫉妬にも似た羨望を覚えながら、すぐ近くにある河村の熱を想う。 優紀が産気づいたのは、四月一日のことだった。 予定日よりも早かったそれに家族の人間は驚いたそうだが、 予定日よりも出産が早まることはよくあることなので、 優紀は痛みに苦しみながらも穏やかに分娩室へと向かったそうだ。 分娩室に入ったのは、夕方のことだった。 そうして亜久津が産まれたのは、日付が変わってからのことだった。 そう、例えば。 もし自分があと数時間早く産まれていたら、今とは全く人生を送っていたのだろうか。 あと数時間早く産まれ、学年が一つ上だったら。 南とも東方とも室町とも、そして、河村とも。 出会うことができなかったのだろうか。 もしかしたらそんな人生を送っていたかもしれない、などと簡単には想像がつかなかった。 自分の人生の中で、彼らがいないなど、考えもつかない。 考えられない。 もし河村に会えなかったら。 考えただけでもぞっとする。 体が震える。 いつからこんなに弱い人間になってしまったのだろうかと思う。 けれど愛する人がいるのは弱さではないと、教えてくれたのは河村だった。 「あ、そうだ、亜久津。 ずっと言わなくちゃと思ってたんだけど・・」 誕生日、おめでとう。 河村は、これ以上ない笑顔でそう告げた。 「・・祝ってくれるのか」 「当然だろ! 俺は亜久津が生まれてきてくれて、本当に感謝してるよ。 だって、俺は、」 お前がいなくちゃ生きている意味がないよ。 紡がれた言葉は、ふわりと宙を舞い、そうして亜久津の元まで届く。 いとも簡単に告げられた言葉は、亜久津の心の中のわだかまりを溶かしてくれる。 お前が愛してくれるのならば。 自分が、お前の生きる意味となっているのであれば。 それこそが、自分の『生存理由』となる。 だから、他でもない、この日に生まれた自分を、少しだけ許してやろうという気分になるのだ。 「生まれてきてくれて有難う、亜久津」 河村が笑顔を零し、そうして亜久津の手を取った。 軽く触れたそれは、ゆっくりと亜久津の熱と馴染む。 繋がれる手から河村の愛情が流れ込んでくるようで、亜久津は酷く安心をした。 亜久津は青空の下で咲き誇る桜を見上げ、そうして小さく口元に笑みを浮かべた。 今なら、桜の木に。 自分が生きていることを誇れることができる。 愛してくれる人がいるから、自分も生きることができるのだと。 亜久津は生まれて初めて、太陽の日に輝く淡い桜の花を、美しいと感じた。 |