君から教えて貰った、喜びと悲しみ。 +Love Forever それは一時の安らぎ。 一時の気休め。 どんなに願ったとしても自分たちは一つの個体になどなれない。 だからこそ。 こうして日々を迎えるたびに、相手の側にいたいという思いは強くなり、 その側から離れたくないと願うのだ。 河村と自分は一日の大半をお互い別々に過ごす。 中学へ上がる前に下した決断はお互いにとって悪い決断だったとは思わない。 普段の生活は意外と刺激があって、悪くはない。 お互いに最良の道を選んだはずで、後悔という言葉は心の何処を探してもなかった。 子供の頃からずっと共にいた訳じゃない。 一ヶ月、もしくは一ヶ月以上会わなかったことだってあった。 沢山の時間を会っていた訳ではないけれども、 それでも小さな頃から長い間続いている関係というのはたった一人、河村だけだ。 人は会った時間の長さが大事なのではないという。 会った内容が大切なのだと。 亜久津は河村と同じ小学校ではなかった。 だからこそ会う回数も時間も限られていたのだが、 それでも、同じ小学校に通っていた誰よりも印象が強く残っているのは、 亜久津がそれだけ河村という人間に影響を受けていたのだからなのだろう。 ――会った時間の長さが大事ではない。 そうはいえども、会いたいと。 側にいたいと。 その側にいることに慣れてしまった自分は、 昔のように何ヶ月も会わなくても耐えられる心を持ち合わせてはいなかった。 肌を刺す空気の冷たさに亜久津は目を覚ました。 今は一体何時なのだろうかと目を凝らして時計を眺めれば、短針が3を指している。 起きるのにはまだ時間がある。 亜久津は僅かに息を吐き、ぼんやりと暗闇の中を見つめる。 外は曇っていて、月の影さえ見えない。 真っ暗闇の夜の中に街灯の明かりだけが夜闇を照らす。 大地を照らす太陽は、あとしばしの時間を待たなくてはその姿を現してはくれない。 亜久津は掛け布団の中で僅かに身じろぎをする。 無音の世界の中で、ただシーツの擦れる音と。 ――隣で眠る河村の規則的な呼吸だけが響いた。 今日は河村の誕生日だ。 だからこそ、誕生日前日に家に呼んだ。 誕生日の瞬間に共にいられるように、と。 亜久津の家には今二人だけしかいない。 優紀は出張だ、と行って今日の朝に出かけていった。 しかし出張は本当だとしても、優紀の行動は計画的だと言わずにいられなかった。 朝、優紀が出かけた後に冷蔵庫を開けると、 そこには河村用のバースデイケーキが用意されていたのだ。 まるで今日、亜久津が河村を家に誘うことを予め知っていたかの行動だ。 確かに毎年、河村の誕生日の前日には亜久津の家でお祝いをしている。 いつも亜久津は意地を張って素直に河村を家へ招待することなどできなかったのだが、 優紀がお節介にも料理を作り、用意をし、河村を家へ呼び。 結局共にバースデイパーティーをしていたのだ。 毎年恒例の出来事だからこそ、優紀は今日が河村の誕生日であることを忘れてはいないはずだ。 河村は優紀がもう一人の自分の子供と言わんばかりに可愛がっている。 だからこそ優紀はわざと今日という日に出張を入れたのではないかと思うのだ。 優紀に河村との関係を言ったことはない。 けれども聡い優紀は亜久津の何かしら些細な行動でその関係を知ったのかもしれない。 産んでくれた母親に知られたからといって、困ったというような気持ちは何処にもなかった。 自分に多大なる愛を注いでくれている優紀は、 そんな些細なことで反対するような心の狭い人間ではなく。 寧ろ河村と自分の背中を、勢いよく前へ叩き出してくれるような、そんな人間なのだと。 15年間育てられたからこそ、そんな確信があった。 そんな亜久津は優紀の行為を無駄にすることなく、河村を家に呼んだ。 毎年恒例のことなので河村も驚きはしなかったが、けれども亜久津の家に来て、 二人きりだということを知ったときは些か慌てた様子だった。 いつも通り優紀も共に祝うのだと思っていたのだろう。 河村を誘った際にそのことを告げようとしたのだけれども、結局言わなかった。 変に気を遣われるのは嫌だったからだ。 二人きりは珍しいことではないけれども、それでも河村にはいつもの河村でいてほしかった。 学校が終わってから、夕方に河村はやってきた。 優紀がいないことに驚きながらも、それでも普段通りに笑ってくれた。 夕食を共にし、一日早いけれども優紀の作ってくれたケーキでお祝いをし、 それから。 ソファーで他愛もない日常の話をした。 普段話さないような、お互いの些細な生活を話し、 時には笑い、時には真面目に聞きながら時間を過ごした。 お互いの話を聞いているうちに、ふと相手のぬくもりが欲しいと思ったのはどちらが先だったか。 河村に伸ばした手と同時に、近づいてくる熱があった。 そのまま深く深く口づけられて、お互いの熱を貪る。 そうしてそのまま亜久津の部屋に連れられて、 雪崩れ込むように抱きあった。 そうして、今に至る。 隣で眠る河村は亜久津が起きていることに気づくことはなく、眠りの中にいる。 悲しい、と思うのはこんな時だ。 朝になったらこの背中を見送らなくてはならない。 自分たちはどんなに体を繋げても一つになることなどできはしないのだから、 必ず別れの時が来る。 もちろんいつでもどんなときでも共にいたい訳ではないけれども、 河村の背中を見送るたびに、心に広くぽっかりと大きな穴が開いたような気分に陥る。 同じ道を選ばなかったことに後悔をしている訳でもないし、 河村と離れてしまった中学では、意外と面白い仲間が周りにいる。 その現状に不満はないけれども、ふと襲ってくる淋しさを拭うことはできない。 こうして幸せの余韻に浸っている時は尚更だ。 会いたくて、同じ時間を共にしているというのに、迫ってくる別れの時を避けることはできない。 一時の安らぎに心を委ねるけれども、それが去った後の喪失感はそれに増して大きい。 一人になったときには、安らぎの時間を思い出しては、 次に共に過ごすだろう時を心待ちにしながら日々を過ごす。 嬉しさと淋しさ。 まるで無限のループに嵌ってしまっているかのようだ。 けれどもそのループから抜け出そうなどとは更々思うことはなく、 断ち切ってしまおうなどとも思わない。 河村に会うことができなくなれば、きっと亜久津の生きている意味の半分以上が失われるだろう。 太陽が昇るまでのあと、数時間。 それまでがこの温かな感情を抱いていることのできる時間だということを知ると、 亜久津は僅かに眉を顰めざるをえなかった。 流れていく時をこんなにも疎ましく思ったことはない。 その時だった。 亜久津の隣で眠っていた河村が僅かに体を震わせ、そうして目を開いた。 「亜久津・・?」 目を開いて真っ直ぐにこちらを向く。 亜久津は河村を起こしてはいないが、間接的に河村を起こしてしまうことになったのかもしれない。 河村は亜久津の気持ちに酷く敏感だ。 亜久津のことよりも自分のことを気にかけろ、と言いたくなるくらい、亜久津の気持ちに聡い。 だからこそ河村の横で不安がっている自分の気持ちが、 自然と河村を起こしてしまったのかもしれないと思った。 「眠れないのかい?」 隣から河村の手が伸ばされて、亜久津を抱き締める。 その温かい感触に、亜久津は無意識のうちに息を吐いていた。 伸ばされるこの腕に、いつの間にか甘えてしまっている自分がいる。 抱き締められて、その熱が自分に享受されることが酷く嬉しい。 「ただ起きただけだ・・」 もちろん本音を言うことなどできず、小さな声でただそれだけを告げた。 「そうか」 河村はとても優しい笑顔で亜久津に笑いかけた。 それを亜久津は大きな安堵感と僅かな罪悪感を持って見つめる。 亜久津は今だに、河村に嘘をつくことに慣れない。 「まだ早いからもう少し寝よう・・」 そう河村に促され、頬に一つキスを貰う。 今度は河村の腕の中、よく眠れそうだと思いながら、 亜久津は肝心なことを忘れていることに気が付いた。 「その前に・・大事なこと忘れてんだろ、お前」 僅かに照れるように、しかし照れ隠しにいつものぶっきらぼうな話し方で河村に告げた。 「大事なこと・・?」 本人がすっかり忘れてしまっているなんて情けない。 そう思いながら、亜久津は短いけれど思いの詰まった言葉を河村の耳元で紡いだ。 「誕生日おめでとう」 お前が生まれてきてくれたことに感謝してる。 世界で一番、お前のことを愛してる。 そんな思いを告げながら、素直じゃない亜久津は短いセリフを言葉に乗せる。 河村は僅かに目を瞠って、けれどもすぐにこれ以上ない笑顔を亜久津に向けてくれた。 亜久津の気持ちに誰よりも敏感な河村は、 短い間にその言葉に含まれた意味の全てを理解してくれたのだろう。 「有難う」 河村は僅かに頬を上気させて、強く亜久津を抱き締めた。 そうして。 告げられた言葉に、亜久津は思わず耳を疑った。 まさか。 河村からこんな言葉を貰えるとは思っていなかった。 「もし亜久津が嫌じゃなかったら、来年もまたおめでとうって言ってほしい・・」 抱き締められて、河村の強い熱を感じながら、そんな言葉を聞かされる。 愛しい人の腕の中で、そんな心から嬉しい言葉を聞かされて、 断れる人間など、この世の何処を探しても、いない。 「馬鹿だな、お前」 ほとんど聞こえないような小さな声でそう告げる。 大きな声を出せば掠れてしまいそうな声がばれてしまいそうだった。 「言ってやるよ、お前が望む限り、何度もな」 精一杯の努力でそう告げれば、河村も僅かに掠れた声で小さくお礼を言った後、 亜久津の今だ熱の篭った唇に口づけた。 ひどく幸せだと思うときはこんな時だ。 きっと何年後、何十年後も。 こうして愛する人の側にいられるのだと思うと、 自分は何て幸せな人間なのかと感じる。 河村がいる限り、自分の人生は幸せなのだ。 生まれてきてくれた愛する人に、心からの祝福を送りながら、 亜久津は河村の熱に堕ちた。 Happy Birthday dear Takashi Kawamura!! |