初夏の風が耳の横をふわりとを通り抜ける。

柔らかく撫でる風は、きっと今日の雲一つない青空につられて機嫌がよいのだろう。

喜んでいるかのように吹く風を感じながら気持ちのよいほど真っ青な空を見上げる。

もうすぐ夏がやってくる、そんな気配がした。





+湾岸道路・初夏





「何笑ってるんだ?」



前で自転車をこぐ東方が、後ろに乗っている南の異変に気がついて、不思議そうな声をかける。



「ん〜、もうすぐ夏が来そうだなって」



すると東方も顔を上げて突き抜けるような空を見上げる。

そうして小さく頷く。



「そうだな、夏の気配がする」



東方は自転車の後ろに南を乗せているのに涼しげな声でそう答える。

きっと自分だったら、自転車をこぐのに精一杯で、そんな余裕はないだろうに。

それが悔しくて、手をついていた東方の肩にぎゅっと体重を乗せてみる。



「うわっ!?」



突然自転車が大きく揺れた。

トンボに立っていた南もバランスが取れず、東方の背に抱き着く形になってしまった。

しがみつきながらその衝撃をやり過ごすと、前から東方の抑えた笑い声が聞こえた。



「悪戯するからこういうことになるんだぞ」



東方の言葉に僅かに頬が赤くなる。

恥ずかしかったのは悪戯を仕掛けてさらりとかわされてしまったこと。

そして縋った背中が思っていたよりも逞しかったことだ。



「・・・・・」


「どうした?」


「何でもない」



今感じたことは、同じダブルスパートナーとして悔しいので言わないでおくことにする。



「そうか」



また小さく笑われた。

もしかしたら自分の思考など、東方にはお見通しなのかもしれなかった。



「こっちの道で合ってるよな?」



今日何故二人で自転車に乗っているのはもちろん訳がある。

亜久津の大事な彼が、自分の握った寿司を食べてほしいということで呼ばれたのだ。

それならば青学の友人に、とは思うのだが、青学のメンツはいつも食べているからと、

ひょんなことで知り合った自分たちを招待してくれたのだ。



「多分・・合ってると思う」



南と東方の家から河村の家までは自転車で行くのには少し距離がある。

けれどもトレーニングになるからと、自転車で行くことにしたのだ。
}
事前に道を調べているにしろ、知らない町並みに不安は少々残る。



「亜久津はもう着いてるかもな?」


「あいつが?」



時間というものに誰よりも捕われない人間が自分たちより早く着いているというのだろうか?



「亜久津はお前が思っているより好きな奴には素直だと思うぞ」



東方は小さく笑う。

なんだか自分より亜久津のことを知っている風情の東方に少しだけ不満を覚えたのだが、

表には出さなかった。



「今日は二人に見せ付けられるかもな」



南は前回、亜久津と河村に会った時のことを思いだし、小さく笑う。

あの二人は、そんな自覚はないに違いないのに、夫婦のような空気感を出す。

この年でこれだけ、お互いのことを信頼しあえているという存在をあまり見たことがない南は、

そんな二人の姿を初めて見たときには面食らったものであった。



「さあ、どうかな」


「どうして・・?」



てっきり同意してくれるとばかり思っていた東方が珍しく意味ありげな笑みを浮かべる。



「俺達も充分・・」



東方がそこまで言った途端に自転車が減速してゆっくりと交差点の手前で停まる。

それから、東方は振り返って、掠めるように南からキスを奪って、

何もなかったかのように前を向き、青になった横断歩道に再び自転車を走らせ始めた。



「見せ付けていると思うぞ?」



キスをされた自分は何が起きたのか分からず。


東方の後ろでぼんやりしていると、前から聞こえてきた小さな笑い声にはっと自分を取り戻す。



「東方・・!」



ここは公道で、交差点で。

色々な人が見ているかもしれないのに、なんということを!


思わず辺りを見回すけれども、幸いにして誰もこちらのことを気にしてはいなかった。

安堵の溜息を零すとともに、何もなかったかのように自転車を運転しつづける東方の背中を軽く叩き続ける。



「誰かに見られてたらどうするつもりだったんだ・・!!」



いつもはそんなことをしない東方の、突然の行動にどうしていいのか分からず、

照れ隠しのようにその広い背中を叩く。

けれども東方は笑ってかわすだけだった。



「ほら、もうすぐ着くぞ。

 看板が見えてきた」


「〜っ〜東方!!」





目的地まであと少し。

そんな二人の側を初夏の風が通りすぎた。