初めて関係を持ったのは、
健医が急病で休んでいた間に来ていた、まだ若い女医だった。





+獲物





別に恋愛感情があった訳ではなかった。

幼いながらの好奇心、といったところだろうか。

誘われるままに関係を持った。

けれど体を重ねた後の感慨は何もなく、行為の最中も、上で踊る女の顔すら見ていなかったように思う。

それから女の在任期間中に何度か関係を持った。

自分が行為に夢中になったわけではなく、それに執着を見せたのは女の方だった。

女は慣れているようで、色々なことをしたがった。

しかし自分はそれに性的興奮を見出せず、ただされるがままに、

もしかしたら声すら上げなかったかもしれない。

それほど自分の中で行為に対する感情的な記憶がなかった。

不能ではないので、舐められれば勃つし、高められればそれなりに反応はした。

しかし、ただそれだけ。

感情の高ぶりはいつまで経っても訪れることはなく、

セックスとはこんなものなのかと子供ながらにやけに冷めた目で眺めていたのを覚えている。


女医と関係を持つようになってから、今度は最上級生の女子学生から声をかけられた。

誘われたときに特に気分も悪いわけではなかったので、そのまま誘いにのった。

それが関係を持った二人目で。


それから先は、特に覚えていない。

何人と、何度、何処で関係を持ったのか。

特に覚えておくべきことでも、気に止めることでもないと思ったからだ。

それに、感情に強く訴えかけるような強い思いも喚起されなかった。

結局は冷めた目でただ熱を欲しがる女たちを見下ろすだけ。

為されているのはただ、息をするのと同じくらいの性欲処理というだけ、という思いだった。



自分の中には感情がないのかもしれない。

そう思うくらいに、心の中は乾ききっていた。

昔から両親も、無駄に愛情を注ぐ人たちではなかった。

余計な情けは必要ない、と切り捨てることも強さなのだと小さな頃から教え込まれた。

お前の手で、たくさんの者を守ることができる、と。

けれど、お前の手は全てを守るために在るのではない、

本当に大切な人を見つけたときに、その人だけを守ってあげなさい、と。

小さい頃に教え込まれたそんな言葉がずっと自分の中に存在していて、

もしかしたら自分は、無意識のうちにずっと探しているのかもしれない。

この手で、守るたった一人の人を。



自分の心を動かすことができる、たった一人の愛しい人を。





そんな時、出会ったのは真っ直ぐな目をした、自分とは正反対のところにいる真面目なやつだった。

自分が普通に日常を過ごしていたのならばきっと関り合うことのないタイプの人間。

しかし、目があったときに何故だか目を逸らすことができなかった。

別に、何でもない出会いであったというのに。

けれどまるで心ごと彼に奪われてしまったかのような、そんな、錯覚。

いつまでも忘れることができずに、自分の心が奪われたと同時に、

彼がすっぽりと自分の中心に入り込んでしまったかのようだった。



彼は最初の印象どおりに真っ直ぐな人間だった。

真っ直ぐで、素直で、純真で。

陰を生きてきた自分が驚いてしまうほどの純真培養の人間だった。

詐欺師と呼ばれた自分の嘘に、簡単に騙されてくれる。

騙されたことに気づいても、でも疑うことを知らない。

そんな人間だった。



まずい、と思う暇さえなかった。

取り返そうとした心は、思うが侭に取り返すことができなかった。

あいつに出会うたびに少し残っていた自分さえも持っていかれそうになる。

それが悔しくてわざと自分を取り戻そうと、更に色々な女と付き合いを重ねても、

元の自分が戻ってくることもなかった。

少しの絶望を感じながら、けれども彼に全て捕まってしまう前に最後の悪あがきと、一人の女の誘いに乗った。

その女は一番最初に自分を誘った、保健医だった。

彼女は臨時教師であり、元の保健医が戻ってきた時点で立海から出て行くことになった。

それ以来、彼女には会っていなかったのに。

忘れられない、と迫られたのは三日前。

その告白に何も心を動かされなかったのだけれども。

自棄という言葉が一番ぴったりくるのだろう思いに駆られてその誘いに乗った。


けれども。


誘いに体がついていかなかった。

吐き気すらした。

詐欺師と呼ばれる自分が、感情を偽って一人の女すら抱くことができなかった。


軽い絶望とともに、自らの掌を見つめて自覚する。




もう、駄目だと思った。






自分ですら、騙すことができないくらいに。

もうあいつに捕まってしまっている。













「なぁ、比呂くん」


「なんです?」



振り向く柳生の肩に手をかけて、こちらに引き寄せる。

もう柳生は慣れたもので、驚きも怒りもしない。



近づいて、じわりと高まる鼓動。

僅かに呼吸が不規則になる。

そんな自分に心の中で笑ってみせる。



「比呂くんはどんな味がするんじゃろな」



くっつくか、くっつかないかぎりぎりのところまで唇を近づけて囁く。

吐息とともに舌を出して、見せ付けるように柳生の唇を舐めるような仕草をすれば、柳生は目を瞠った。



「・・仁王君?」



近すぎるところから紡がれる声に、心がやられる。

無意識のうちに奪われていく感覚に、心なしか快感を覚えながら、柳生の体を抱き締める。

震えるその体に、思わず歓喜の笑み。



「そうやってられるのも今のうちじゃ」



―覚悟しておきんしゃい?



そう言いながら、服越しの柳生の体を愉しむ。

決意したからには、逃がすつもりはさらさらない。

追い詰めて、追い詰めて、逃げ場のないくらいに。





頭の中は、もう、お前の中にどうやって入り込もうかと、それだけでいっぱいだ。