+月光+ 君しかいらない。 君が作った僕の楽園。 壊していくのもまた君で。 埋まったはずの欠片が 音を立てて剥がれていく様は何とも滑稽で。 君がいないとこんなにも脆いのだと初めて知った。 剥がれていった欠片は踏み砕かれて、いつしか。 いつしか元には戻らなくなってしまうのではないかって。 怖くて。 ――怖い・・? ああ。そうなんだ。 僕は怖いんだ。 大切な君が、僕の腕から抜け出してしまって。 眩いばかるの綺麗な真っ白い羽を持って飛んでいってしまった。 その日に焼けた頬に触れることも、 照れたような、けれども僕をきつく抱きしめてくれる腕にも。 今は触れることがでいない。 早く。早く帰ってきて。 君がこの家に帰ってくることを指折り数えて。 どんなに君に焦がれただろう。 体の中央が、血液を送り出しているトコロが痛くて。 壊れてしまいそうなんだ。 早く。早く。 僕を作るのは君だから。 君がいないと生きてもいけない。 壊れていくだけの僕は、なんの熱も持たずに動いているだけ。 ――早く僕の傍に来てください。 彼の香りのする布団はひどく魅惑的だ。 主のいないその部屋は、月の光が閉ざされることなく窓から差し込んでいる。 周助はためらわずに光が降り注いでいる裕太の布団へもぐりこんだ。 両足を腕で抱えて、体を小さく縮こませるようにして目を閉じる。 こうして何度弟のベッドで夜を過ごしたか分からない。 その度に寂しさに震える体を、守るように自らの腕で抱きしめた。 音を立てて剥がれていってしまうのではないかという感情が怖くて。 いつも傍にあったぬくもりが突然なくなってしまったことに、 頭では理解していても、体は言うことを聞いてはくれなかった。 夜の闇の中、壁越しにあった存在がいなくなった。 たまに壁に触れて隣の部屋に向かって小さく壁を叩くと、 少したったあとに返事をするかのように同じく壁を叩く音がするのが嬉しかった。 子供の頃から当たり前にあった安心感というぬくもりがなくなってしまって。 こんなにも弱くなるなんて思ってもみなかった。 体の奥がざわついて、空いている部屋を見ては、 心がさぁっと冷えていくのを感じたのはいつからだろう。 ぬくもりを求めて、何度も弟のベッドの中で心臓の上をぎゅっと押さえて眠った。 けれどもまるで明るい月に誘われるように、周助は夜中、幾度となく目を覚ました。 みせかけだけのぬくもりは偽りのものでしかなく。 たった一つ求めた人物はいないのだと思い知らされた。 周助はひんやりとしたシーツに頬をつけた。 目の前に広がるシーツの波は真っ白いその上に暗い影を作り出している。 月の光によって作られた白と黒のコントラストが。 まるで色のない自分の心を映し出しているようだった。 周助は何の感情も持たぬままただ視線だけをそれに縫いとめるようにして眺めた。 ――今日、彼が帰ってくる。 彼に帰ってくると告げられて、いつになく落ち着きのない自分がいた。 時計を見る回数が増え、やはりどこか浮き足立っていたのだろう。菊丸に 「今日何かいいことあった?」 と、笑顔まじりに尋ねられた。 何でもないよと返しながらも、迫ってくる時間に喜びを隠し切れないのは分かっていた。 部活が終わると、すぐに家路についた。 もしかしたらもう帰ってきているかも。 そう思って開けた玄関にはまだ彼の靴はなく。 ルドルフのテニス部だってそんなに早く練習が終わるはずもないのに。 学校が周助よりも遠い裕太が自分より早く帰ってくるはずがないと 頭で考えれば分かっていたはずなのに。 そんな自分に思わず呆れるような笑みを零した。 しかし裕太はいつまでたっても帰ってくる気配を見せなかった。 夕飯を食べ終えても、風呂に入っても、裕太は帰ってこない。 今日、帰ってくると言ったのに。 もしかしたら急な用事ができて、寮に戻ったのかもしれない。 もしくはテニス部が遅くなって帰るのを諦めたのかもしれない。 時間が過ぎるごとに裕太が帰ってくるという可能性は低くなって 心の中にあった闇が少しずつ大きくなっていくのを感じた。 期待していた自分がひどく滑稽に思えてくる。 久しぶりに会えると喜んでいたのは自分だけだったのか。 また一人で。体を縮こませて眠る。 ぬくもりに餓えながら、自分を動かしてくれる彼の存在に想いを馳せながら。 周助はベッドの上でゆっくりと瞳を閉じた。 彼が帰ってこないのなら、もう眠ってしまいたい。 何も考えないように。余計なことを思わないように。 彼だけへの愛情を胸に抱きしめながら。 月の光の降り注ぐこの寝台で、朝の光の訪れを待とうか。 周助はゆっくりと意識を手放していった。 あたたかい。 夢を、見ているのだと思った。 それがあまりにも望んでいる熱に似ていて。 自分が強く思っていたから夢の中に望みとして出てきたのだと思った。 髪に、額に、頬に柔らかい熱が降ってくる。 月の光に抱きしめられているかのように優しいそれは、ゆっくりと周助の覚醒を促した。 軽く右目を開けると、求めてやまなかったその存在の姿があった。 「・・裕太」 手を伸ばしてその存在を確かめるように触れる。 指で頬の輪郭をなぞって、裕太であることを実感する。 「わりい、帰るの遅くなった」 少し照れたような裕太が視線を逸らせながらそう言った。 それがいつもの裕太と何も変わらなくて。 周助は思わず笑ってしまった。 「なんで笑ってるんだよ」 裕太は少しだけ機嫌が悪そうにそう呟く。 けれども、視線が合って、裕太が周助の方を向いていることが分かると そのまま優しく微笑みかけた。 「裕太がここにいることが嬉しくて・・」 「な・・」 ベッドサイドに腰かけていた裕太は、動揺したように少しだけ体を震わせた。 「本当だよ、裕太がいなくて寂しくて悲しかった」 目を合わせて、心の底からそう告げる。 嘘じゃないから。 裕太に会って、心の中で育っていた黒い影が綺麗になくなっていた。 傍にいてくれるということがこんなにも嬉しい。 「裕太・・」 目が合って、裕太の表情が消える。 息が詰まるほどの昂揚感。 欲しくて、欲しくて、どうにかなってしまいそうだった。 お互いの視線から全く目が逸らせない。 逸らそうとも思わずに、ただ視界に入るお互いのことだけを見つめている。 裕太の瞳の中に自分の姿しか映っていないことにひどく心が震えた。 「裕太・・」 名前を呼んで、せがむように首に腕を回した。 それを合図とするようにゆっくりと裕太の唇が降ってくる。 少しきつめに抱きしめてくる腕が心地よくて、周助はそのまま静かに目を閉じた。 夜中に目を覚ますと、そこには闇ではなく、彼がいた。 安らかな寝息を立てて眠る彼にそっと微笑んで、頬に小さく口付けを落とす。 今は簡単に触れられる距離にある熱を。 余すところなく覚えていられるように。 自分を抱きしめてくれている腕に縋るように身を寄せた。 月の光の中、優しい熱に包まれながら。 |