+深夜0時、二人の夜+ 深夜0時、1分前。 もぞもぞとベッドの中で身じろぎをして、 少し上にある裕太の視線に自分の視線を合わせる。 そして周助は、自分を抱きしめてくれている腕の主に優しく声をかけた。 「裕太」 もうすぐ、あの時計の針が12を指せば裕太の誕生日だ。 誰よりも早くおめでとうが言いたくて、こうして裕太の傍にいる。 一緒に寝てもいい?と夜、裕太に尋ねたら、少しだけ考えるそぶりを見せたあとに 裕太は、『いいよ』と返事をくれた。 顔は嫌そうだったけど、お許しをくれたのだから、 裕太も一緒に寝たかったって思ってもいいよね? もちろん、裕太が嫌がっても無理矢理ベッドに入れてもらうつもりではいたんだけど。 その返事に嬉しくなって、周助は枕を持参で裕太の部屋に向かった。 子供の頃より狭く感じられるベッドに、二人で寝るには少々きつかったが、 昔からこうやって一緒に寝ているので周助も裕太も慣れている。 ときどきじゃれあって落ちそうになるときもあったが、 裕太はさりげなく周助を抱きかかえてくれた。 それが嬉しくて裕太に抱きつくと、裕太は怒ったように周助を引き剥がそうとする。 けれどもその腕にはあまり力が篭っていなく、周助が更にぎゅっとしがみつくと、 裕太はしょうがないという風に抱きしめ返してくれた。 そんなことの繰り返し。 じゃれあって、日々のことを話し合って。 傍に居ない分、話したいことはたくさんある。 だからこうして傍にいるときはいつも話せない分だけめいっぱい話すのだ。 けれども突然、裕太の話し声が途切れた。 弟の名前を呼んだけれども返事はなく、不思議に思った周助は再びその名前を呼んだ。 ついさっきまでは一緒に他愛もない話をしていたのに。 「ゆうた〜」 時計の針はもう0時30秒前を指している。 視線を上げて裕太の顔を覗き込む。 どうやら裕太は話している間に眠くなって、そのまま眠ってしまったらしい。 周助は眠っている裕太の頬を指先で突っついてみる。 いつもとは違う、あどけなさの残る寝顔に周助は思わず笑みを零す。 疲れているのだ、裕太は。 学校があるのも関らず、裕太は誕生日だからと2日間だけ家へ帰ってきてくれた。 それはもちろん母や姉が帰ってきてほしいと散々ねだったせいでもあるのだが、 こうして帰ってきてくれることは何よりも嬉しい。 けれどもきちんと部活をして家に帰りついた裕太は、本当は疲れているのだと思う。 今日も周助が一緒に寝たいと言ったからこうして付き合ってくれていたのであって、 裕太はもしかしたら疲れて早く眠りたかったのかもしれない。 周助は目の前にある、短めな裕太の髪にそっと指を通した。 よく自分と裕太は似てない兄弟だと言われるが、髪の色はそっくりだと思う。 太陽に透かすとよく分かる、栗色の柔らかい髪の毛はこの家族のものだ。 いつから、弟はこんなに大きくなってしまっていたのだろう。 昔は兄だった自分の方が大きかったはずなのに、 何時の間にか裕太は周助を抱きしめられるくらいにまで大きくなっていた。 そして、いつしか。 裕太は自分の手の届かないところまで大きくなってしまうのではないかと思う。 この手を必要としない遠くを、裕太が求めて。 子供の頃、裕太の手を引っ張っていた自分はもう必要とされなくなる。 遠くを見上げた裕太はもう後ろを振り返ることなく、前へと進んでいくのだろう。 もう、一人で歩けるようになったんだね。 気づいていたけれども意識をして気づこうとはしなかった。 大人になった裕太の、自分への態度が少しだけ柔らかくなったこと。 裕太を倒した自分だけに向けられていた視線が、更なる遠くを見つめるようになったこと。 気づいていたはずなのに、事実を認めることに酷く心が痛む。 ああ、これはきっと。 雛が巣立つのを見送る親の気分なのだろうかと、少しだけ自分を慰めてみる。 裕太を独り占めしてしまいたいと思うのはいつものこと。 できることなら、遠くを見る裕太の視界を塞いで、 自分の姿しか見えなくなるようにしてしまいたい。 けれども、それは裕太のためにならないと分かっていたから。 その手を離した。 もう戻ってくることを期待することもせず、ただ歩き出すその背中を見送った。 けれども。 「裕太」 0時を指す長針に、周助はベッドの中から体を起こした。 裕太の頬に手を伸ばして、そっとその唇に口付けた。 「誕生日おめでとう、裕太」 けれども裕太は、自分の傍にいる。 戻ってきてくれとは言わなかった。 いつものように我侭を言って、駄々を捏ねて、裕太に傍に居てと頼んだ訳じゃない。 裕太自身が望んで、傍にいてくれるのだ。 そうだと信じたい。 「駄目じゃない。主役が寝てちゃ、さ」 周助がそう言葉を紡いでも、裕太は全く起きる気配がない。 そんな裕太に笑みを零して、周助は再び裕太に口付ける。 「おやすみ、裕太」 さらり、と柔らかい髪を撫でる。 周助は再び裕太の腕の中に収まって、そのまま眠りに落ちることにした。 次第に意識が覚醒していく。 僅かに瞼を開けると、そこには栗色の髪の毛をした兄の頭が見えた。 周助は頭を裕太の胸に傾けて眠っている。 そういえば、と裕太は思い出す。 この兄と話しているうちに自分は眠くなって寝てしまったのだ。 少々ばつの悪さを感じながら裕太はベッドサイドの時計を見た。 0時8分。 もうすでに自分の誕生日になってしまっている。 裕太は自分の腕の中で眠っている兄に視線を移した。 夕方、あんなに『一番最初におめでとうを言うのは僕だからね!』と騒いでいたはずなのに。 自分を起こしもせずに眠っている兄に、少しだけ理不尽さを感じた。 もちろん自分も今から兄を起こして、『俺の誕生日なんだけど』と言うわけにもいかない。 もしそんなことをしたら、この兄はつけあがるだけだ。 裕太は腕の中で眠る周助を僅かに力を入れて抱きしめてみる。 眠るその顔は見えないが、きっと起きないのだから深い眠りについているのだろうと思う。 抱きしめると自然に、周助の髪に裕太の唇が触れた。 その柔らかい感触に、どきりと鼓動が跳ねる。 魅入られたようにその姿を見つめ、裕太は思考を閉ざす。 聞こえてくるのは兄の規則的な寝息だけで、他には何も聞こえない。 耳を澄ましてその音を聞いていると、無性に兄を掻き抱きたい気分に襲われる。 周助を抱きしめる腕に力を込めて、耳元に軽く口づけをおとす。 「兄貴」 起こすつもりはなかったのに、勝手に口からそう言葉が出ていた。 慌てて周助の顔を覗き込んだが、起きる気配はない。 そのことに裕太は胸を撫で下ろした。 裕太はじっとその寝顔を見つめる。 大人しい兄というのは珍しいもので、心の奥からふつふつと悪戯心が湧いてくる。 普段ならば絶対に呼ぶことなどない彼の名前を、そっとその耳元で囁いてみる。 「周助」 普段紡ぐことのない言葉の発音に、心が跳ねる。 しかし、やはり兄が起きる気配はなかった。 ほんの少しだけ、寂しさを覚えるのは何故だろうか。 裕太は思わず周助の額を指で軽く弾いた。 「プレゼントが寝てちゃ、駄目だろ」 そう、言葉にしてみる。 絶対に周助が起きているときには言葉にしない。 けれども、裕太にとってのプレゼントはこの兄だ。 それくらい、聡い兄が気づいていないはずもないと思ったが、 時々周助はぼけたところがあるから。 何で遠い実家にわざわざ帰ってきたかくらい、考えればすぐに分かることだろうに。 裕太は再び周助の寝顔を見つめる。 安らかに眠る周助の顔を見て、裕太は満足したように再び瞳を閉じて眠りにつこうとした。 けれども、突然。 眠っていたとばかり思っていた周助にギュっと強く抱きしめられて、裕太は目を瞠る。 「・・・兄貴?」 呼びかけると更に強く抱きしめられた。 もしかして、と頭に浮かんだ自分の考えに、裕太は顔に熱が昇ってくるのを感じる。 「・・もしかして、起きてたのか?」 裕太の言葉に、周助はパッと顔を上げる。 「最初から、寝てなんかないよ」 そんな周助の言葉に、裕太は逃げたいような気分になった。 兄の性格からして、 これから先、きっと周助は、この話題をずっと裕太に振ってくるのだろう。 裕太はばつの悪さを感じながら、周助の顔を見つめる。 どうせこの兄は酷く嬉しそうな顔をしているに違いないと、そう思っていたのに。 何故か彼は、今にも泣きそうな顔をして、けれども一生懸命に笑っていた。 「・・嬉しかったよ、裕太・・」 兄の笑顔が目の奥に焼きついて離れない。 一言、一言、言葉を紡ぐたびに動く兄の表情を余すことなく見つめる。 「・・僕をあげる。だから一生捨てないでね・・」 珍しく弱々しい兄の言葉に、裕太は腕に力を込めて周助の体を抱きしめた。 身長の割に細い体をした兄は、いつしか 裕太が簡単に抱きしめることができるくらいにまでなっていた。 こんなに、兄は小さかったのだろうか。 いや、自分が兄より大きくなっていたのだ。 いつの間にか。 「・・分かった」 大切にする。言外にそう含めた。 「・・有り難う、裕太・・」 そう答えた周助の声は微かに掠れていた。 「・・それと、お誕生日おめでとう」 「・・サンキュ」 どこか甘ったるい空気が流れるのを感じながら、目を合わせた途端に二人で笑う。 周助の頬が赤くなっているのを見て、自分の頬も同じように赤くなっているのだろうと思う。 「あと10日だけ同い年だね」 「10日だけだけどな」 時計を見て、周助が再び裕太の胸元に頭を預けてくる。 「おやすみ、裕太」 「おやすみ」 聞こえてくる鼓動と、伝わってくる熱を感じながら裕太も瞼を閉じる。 「裕太」 「ん?」 「・・来年もまたこうしていられたらいいね」 願うような兄の言葉に、裕太も見えないように深く頷いた。 「・・そうだな」 ずっとずっと、二人でいられたら。 |