昔から、実は姉には誰も、勝てなかったのだ。





+裕太と周助





周助は裕太の兄で、裕太は周助の弟なのだけれども、

その前に、周助と裕太は、由美子という姉の弟なのであった。

由美子は母と似て、あまり感情を人に悟られないような性格の持ち主である。

だからこそ、その笑顔の裏で、一体彼女が何を思っているかは計り知れない。

すぐ下の弟である周助も、姉の本音など分かったこともなく、随分と困らされたものなのだ。



今日は、家に裕太が帰ってきている。

久しぶりの帰宅に、周助をはじめ、由美子も母も随分と喜んだ。

中学生になって、裕太は感情を余り外に見せなくなってしまった。

(それが大人になるということならば、随分と悲しいことなのだけれど。)

それでもやっぱり裕太は不二家の末っ子なので、随分と家族から可愛がられていたのだ。

末っ子は可愛がられるなんて言葉なんて全然信じていなかったのだけど。

裕太を見ていたらその言葉を作った大昔の人に、『その言葉は合っていますね』と

無性に伝えてあげたくなった。



子供の頃の裕太は今とほとんど変わらず、元気でやんちゃでかわいい子供だった。

いつも大げさに感情を表現しては家族を和ませる、不二家では珍しいともいえる性格の持ち主だったのだ。

自分たちができない感情の表現をする裕太は、その行動を随分と母や姉に可愛がられた。

何かがある度に裕太に話しかけては、その行動の一つ一つに柔らかい笑みを零していたのだ。

そして、今もそれは変わらず。

母は裕太が帰ってくると知って、裕太の好きなケーキやシチューを腕によりをかけて作っている。

姉さんも、裕太の部屋の掃除を始めて、気合は十分だ。



末っ子が、羨ましいと思ったことはない。

自分にはあんなに大らかに、時には激しく感情を表現することなどできなかったし、

裕太を見ているだけで自分も随分と癒されることがあった。

だから、末っ子という立場は裕太のもので、自分は裕太を可愛がる兄の立場なのだと、

それを疑ったことは今まで一度もなかった。



ただ、少し。

淋しさを覚えることがあった。

決して自分が末っ子になって甘やかしてほしいと思っているわけではない。

けれども裕太が母親や姉に優しく接せられているのを見ると、心の中にもやもやと浮かんでくる感情があった。

何故だろうと、何度も首を捻って考えた。

しかしそれにぴったりと当てはまるような答えは遂には見つけることができなかったのだ。



ただ、確かなのは、自分が末っ子になりたいのではないということと、

それは裕太に対してのみ起こる出来事だということだ。



この前、叔母さんの子供が家に遊びにきたことがあった。

裕太よりも少し年下の従兄弟は、平均よりも少し細い体つきをしていて、

裕太と比べたらもっとずっと年が離れているように見えるような子だった。

彼が家に来ると、母さんと姉さんに迎えられた。

けれども、二人に可愛がられている従兄弟を見て、周助は何も思うところがなかった。

いつも裕太に対して湧き上がる感情が、従兄弟に対しては全く起きなかったのだ。



周助はただ、自分の感情を不思議に思うばかりで。

どうも答えのつけようのない思いに、遂に自分の感情は壊れてしまったのだろうかと、

少し不安になったりもした。



家に帰ってきた裕太は、今日も案の定、姉さんと母さんに囲まれていた。

そして裕太は大好きなシチューを、パンプキンパイを食べながら、

母さんとそして姉さんと笑いながらときには怒りながら話をしている。

表面上では少し嫌だという雰囲気を醸し出しているのだが、

けれども本当に嫌だという風には見えず、それは裕太の一種の照れ隠しなのだろうと思った。



それにしても――とても胸の辺りがもやもやする。

裕太が憎いのでは全くない。

けれども胸の奥深く、心臓の辺りが疼いて仕方がないのだ。

不二は楽しく笑う家族を前にして、そっと胸のあたりに手を置いた。

そこには今にも飛び出そうな衝動があって驚く。

衝動的な、心では抑えられそうにない思いに、

無意識のうちに突き動かされるように不二は母と姉、そして裕太の間に割って入った。



「ほら・・母さんも姉さんもそんなにしつこくしたら、裕太も落ち着いて食事ができないでしょう?」



周助は言いながら、まるで守るかのように裕太の首に腕を回して抱きついた。



「あ、兄貴・・」



驚いた裕太は思わず箸を落とす。

僅かに顔を赤らめた裕太がどうすればいいのか分からずに固まっている。

周助はそれを知りながらも、裕太に抱きつくことをやめなかった。

裕太を抱きしめながら、牽制するかのように二人を笑顔で、

けれどその裏にいつものあの訳の分からない感情を抱きながら見つめる。



「それもそうね」



すると、母さんは仲の良い兄弟の姿に満足したのか、裕太にデザートを持ってくるためにキッチンへと向かった。

その後ろ姿に少しだけ安堵をして、少しだけ裕太を抱き締める腕を緩める。

裕太は困ったように周助を見るのだが、けれどこういう時の自分は言うことなど聞かないと悟っているのか、

一つ溜息を吐いてそんな我侭な腕を許してくれた。


しかし姉さんはというと――

周助を見てくすくすと食えない笑みを零していた。



「周助って昔から分かりやすいわよねぇ」



そんな言葉に周助自身が驚く。

感情が分かりやすい、などと生きている間に、他のどの人にも言われたことがなかった。



「・・どう分かりやすいの?」



自分が知りたくてたまらなかった答えを、この姉は知っている。

そう直感で悟った周助は、裕太の肩の顎を乗せながら姉の顔を見つめた。



「やだ、自分で気づいてないの、この子?」


重症だわ〜と笑う姉に少しだけ理不尽さを覚えながらも、周助は姉からの答えを待つ。



「昔から独占欲強かったものね、周助は。

 小さい頃から裕太が誰かに取られそうになると、奪い返してくるの。

 覚えてる?」



「・・え」



姉に言われ、少し困惑をする。

小さい頃から、同じようなことをしていたということだろうか。



「近所に佐伯くんが住んでたじゃない?

 まだ小さい頃、裕太が佐伯くんと遊んでいるときに、周助は必ず一緒にいたのよね」



ふふ、と姉は楽しそうな笑みを浮かべる。

そういえばそんなこともあったかもしれない。

そう思いながら、周助はばつの悪そうな顔で姉を見た。



「大きくなってもその癖が抜けないのね」



そうか、とやっと納得がいく。

自分は裕太を独占したかったのだ。

それこそ、小さな頃から。

他の人間に構われる裕太を見たくはなかった。

例え、それが家族であったとしても。



「裕太・・」



抱き締めている裕太の名を呼び、そうして後ろから顔を覗き込む。

するとその顔は赤くなっていて、そのことに自分は安堵の笑みを零した。

そんな二人の姿を見て満足したのか、姉さんも綺麗な笑みを零す。



「・・分かってるんだったらあんまり裕太に構うのやめてくれない?」



更に裕太を強く抱き締めて、自分のものだと主張しながら、姉を見上げる。

すると姉は僅かに片目を閉じて、周助の言葉に不遜に言い放ったのだ。



「駄目よ。私だって裕太のこと愛してるんだからね」






姉と弟の攻防戦は続く。

弟たちはもちろん、姉には叶わないのだけれども。












































おまけ。


数分後。




「裕太、裕太」



「ん?」



呼ばれて振り返れば、悪戯な笑みを浮かべた姉がいた。

そうして耳に唇を近づけられてこっそり囁かれる。



「久し振りだからってあんまり激しくしちゃ駄目よ。

 周助は大丈夫って言うかもしれないけど、動けなくなったら大変でしょ?」



「・・・・・・・・・・・・・・!!!!」





そう、姉には誰も勝てないのだ。